「前は大丈夫だったのに最近こわい…」そんな時に知っておきたい脳の記憶のしくみ【医学論文まとめ】

脳の記憶ネットワークが恐怖と結びつく仕組みをイメージしたイラスト。昔は何でもなかった出来事があとから怖くなる脳科学のメカニズムを表現

結論「脳は恐怖体験のあと、過去の”何でもなかった記憶”と恐怖を無意識のうちに結びつけてしまうことがある」

この記事はこんな方におすすめ


✅昔の「何でもない出来事」がふと思い出されて怖くなることがある方
✅PTSDやフラッシュバックの原因に関心がある方
✅脳の仕組みと記憶の関係に興味がある方
✅ストレスが多い日々で、心への悪影響が心配な方


はじめに

皆さん、こんにちは!

突然ですが、皆さんは昔は何でもなかった出来事なのに、ふと思い出すと、なぜか怖くなってしまう――そんな経験はありませんか?

私は昔、通勤時によく通っていた公園があったんですが…
ある日、仕事ですごく落ち込んだ日の帰り道にその公園を通ったあとから、なんとなくそこを歩くのが怖く感じるようになってしまったんです。

「自分でもなぜ?」「何でもなかったはずなのに…」と、とても不思議でした。

本日ご紹介するのは、そんな謎を解いてくれるかもしれない最新の脳科学研究です。

実は、脳が“強い恐怖記憶”と他の出来事をあとから結びつけてしまう仕組みがあることがわかってきたんです。

今回は、2025年発表の注目研究をもとに、
「なぜ何でもなかった出来事が怖くなるのか」そのメカニズムと、私たちができる対策のヒントをご紹介していきます。

自己紹介

こんにちは! 某県の大規模病院で外科医として約20年の経験を持つ「医学論文ハンター・Dr.礼次郎」です。

海外の権威ある医学雑誌に掲載された論文を一編ずつ読み解いた

生の「一次情報」をもとに、医学に詳しくない方にもわかりやすく解説しています。

日々、皆さんに信頼できる医療情報をお届けします!

信頼できる医学情報を発信する外科医・Dr.礼次郎が指を指すイラスト

今回読んだ論文

“”Offline ensemble co-reactivation links memories across days””

(オフライン時の『記憶のネットワーク』の共同再活性化が日をまたいだ記憶の連結を促進する)

Nature. 2025 Jan;637(8044):145-155. doi: 10.1038/s41586-024-08168-4. Epub 2024 Nov 6.

PMID: 39506117 DOI: 10.1038/s41586-024-08168-4

掲載雑誌:ネイチャー 【イギリス】 2025年1月より

今回ご紹介する研究について

今回ご紹介するのは、2025年にイギリスの科学誌「Nature」に掲載された最新の脳科学研究です。

研究タイトルは
「オフライン時の『記憶のネットワーク』の共同再活性化が日をまたいだ記憶の連結を促進する」

ちょっと難しく聞こえるかもしれませんが、簡単にいうと:

脳が休んでいる間にも記憶を整理していて、関係のない出来事と恐怖の記憶がくっついてしまうことがある

という現象をマウスの実験で明らかにした研究なんです。

ちなみに研究対象はマウス(動物実験)。
直接的な「人種差」はありませんが、哺乳類として私たち人間にも共通する脳の働きと考えられています。

なぜ“何でもなかった出来事”が怖くなるの?

脳は「記憶のネットワーク」で思い出を保存している

私たちの脳は、出来事を「記憶のネットワーク」という形で保存しています。
つまり、神経細胞のつながりとして記憶が残っているわけですね。

このネットワークは、寝ているときやぼんやりしているときなどの「オフラインな時間」にも再び動き出して、記憶の整理や強化を行っていることがわかっています。

強い恐怖体験が「何でもなかった出来事」と結びついてしまう

今回のマウス実験では、次のような手順で行われました:


① 最初にマウスは「普通の空間 A」で過ごします(ここではまったく怖い体験はありません:“何でもなかった出来事”)。
② 数日後、別の場所「空間 B」で強い恐怖体験(電気ショック:“恐怖の記憶”)を受けます。
③ その後、マウスが休息している間(”オフラインな時間”)に、
“普通の空間 A の記憶”“恐怖体験 B の記憶” が一緒に再生されてしまった共同再活性化ことがわかった。


脳の中で「記憶が誤ってつながった」ことを示す図(Figure 6c)

図の流れを簡単に説明します:


Offline ensemble co-reactivation links memories across days - Nature
In mice, a strong aversive experience drives offline ensemble reactivation of not only the recent aversive memory but al...

Natural(青い丸) → 最初に体験した「何でもなかった出来事(普通の空間)」の記憶
Aversive(オレンジの丸) → 数日後に体験した「恐怖の記憶」
Offline(紫の丸) マウスが休息中に「青とオレンジの記憶」が一緒に再生(共同再活性化)されてしまった状態
Linked(紫の Linked 状態) → マウスを再び「普通の空間」に戻したとき、本来は怖くなかったはずなのに“恐怖と結びついた記憶”になってしまい、恐怖反応(凍結行動)が出た


このようにして、既存の「何でもなかった出来事」の記憶が存在する神経ネットワーク上に、「恐怖の記憶」が“上書き”されるのではなく“混じりあう”ことで、記憶が“誤ってつながってしまった”状態となることが明らかにされました。

さらに興味深いのは、恐怖体験の“あと”に体験した新しい出来事(未来の体験)には、この恐怖は結びつかなかったという点です。

つまり、脳は「時間的に“過去”の出来事」に対してはこうした誤った結びつきを作りやすい一方で、“未来”の新しい経験には恐怖が付加されなかったことが示されています。

このことから、「あとから怖くなる」のは“これから起きること”ではなく、“すでにある過去の記憶”に向かって恐怖が広がる、という脳の特徴があると考えられます。

私たちにも起こることなの?

もちろん起こります。実は意外と身近な現象です。

たとえば:


✅昔は普通に歩いていた道が、ストレスのあとになんとなく怖く感じる

✅特定の音や匂いが、不安を呼び起こすようになる


こうした現象は、脳の自然な働きで起こることがわかってきました。

大切なのは、自分が弱いからこうなったわけじゃない」 ということ。
脳の仕組みとして起こる現象なんです。

さらに今回の研究からは:


✅「これから起こる新しい出来事」に恐怖が結びつきやすいわけではない
✅むしろ、すでに過去に経験した「普通の出来事」があとから怖くなることが起こりやすい


ということもわかってきました。

ですので、「なんで急にこの場所が怖くなったんだろう」と感じたとき、
それは “あとから” 脳内で記憶がつながってしまった結果 かもしれません。

【筆者の考察】日本人の場合はどう?

日本人は文化的に、場の空気や細かな文脈を読み取って記憶に残す傾向が強いと言われています(いわゆるハイコンテクスト文化)。

そのため、何でもなかった出来事があとから恐怖と結びつきやすい場合もあるのでは、とも考えられます。

また、日本人は 「自分が悪いのでは?」と内省的に考えやすい文化背景もありますよね。

でも今回のような研究を知っていれば、
「これは脳の仕組みの一部なんだ」と理解しやすくなるのではないでしょうか。

今後のヒントとセルフケア

PTSDやストレスケアへの応用も期待

今回の研究は、PTSDやストレス障害の理解にもつながるものです。

特に「オフラインな時間」に記憶が整理されることから:


✅ストレスが強かった日のあとには、意識的にリラックスする時間を作る
✅その日のうちに、ポジティブな体験を意識して積み重ねる



といった方法が、恐怖記憶の過剰な一般化を 和らげる助けになるかもしれません。

また、「これから起こる新しい出来事」にまで恐怖が広がるわけではない という今回の知見は、「新しい経験は安心して取り入れていってよい」という 前向きなメッセージにもつながります。

自分を責めないことがいちばん大切

もしあなたにも
「何でもなかった出来事が怖くなってしまった」
という経験があったとしても、

それは 脳の自然な働きの結果です。

決して「心が弱い」「自分が変だ」と思う必要はありません。
そんなふうに 自分をいたわる視点をぜひ大切にしてみてください。

まとめ

今日のポイントをまとめると


✅脳は「何でもなかった出来事」と「恐怖の記憶」を “あとから” 結びつけてしまうことがある

 → 休息中の脳内で、別々の記憶ネットワークが一緒に再生(共同再活性化) されるため
✅場所が違っていても、時間的に近い「過去の記憶」に恐怖が付加される

 → 恐怖体験の “前” の出来事が「あとから怖くなる」現象が起きる
✅未来の新しい出来事には恐怖は結びつきにくい

 → これからの経験は安心して積み重ねていける という前向きな示唆も
✅日本人は文化的に「文脈」ごと記憶に残しやすいため影響を受けやすい可能性がある

 → 自分を責めず、セルフケアや休息を意識することが大切


締めのひとこと

脳は私達が思っているよりもずっとダイナミックに、記憶を整理しなおしているんですね。あなたにも 「昔は何でもなかった出来事なのに、なぜか怖く感じる」 そんな経験があったなら、

「自分の感じ方を責めず、ちょっと休んだり、安心できる経験を増やすことから始めてみませんか。」


以上、最後まで読んでいただきありがとうございました!

もし本記事が参考になったら、他の記事もぜひのぞいてみてください。

これからも皆さまの知的好奇心を満足させられる情報をお届けできるよう努力していきます。

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