
結論「一度のトレーニング期間でも、筋肉の“遺伝子レベルの記憶”が残り、運動を再開した際に身体がより早く反応する可能性があることが分かりました。」
この記事はこんな方におすすめ
✅運動を中断した後、体が元に戻るか不安な方
✅忙しくてジム通いが続かないと悩んでいる方
✅運動のモチベーションが続かず、やる意味を見失っている方
✅科学的な根拠をもとに効率的なトレーニングを考えたい方
はじめに
皆さん、こんにちは!
突然ですが、「せっかく筋トレを頑張っても、サボったら全部ムダになってしまうのでは…?」と不安に感じたことはありませんか?
実は私も、ジムに何度か通って筋トレを頑張ったのに、その後ぱったり行かなくなってしまい、「あの努力は全部ムダだったんじゃないか…」と自己嫌悪に陥った経験があります。
今回ご紹介するのは、「高強度インターバルトレーニング(HIIT)」を2ヶ月間継続的に行うことで、筋肉が遺伝子レベルで“記憶”し、その後のトレーニングにより早く反応するという研究結果です。
巷でよく耳にする「マッスルメモリー」──筋トレをサボっても、再開すれば筋肉が元に戻りやすいという理論。これまでその根拠は曖昧で、“都市伝説”のように感じていました。
しかし今回取り上げるのは、アメリカの生理学会が発行する細胞研究に特化した専門誌『アメリカ生理学会誌・細胞生理学編(American Journal of Physiology – Cell Physiology)』に掲載された、れっきとした学術論文です。
この論文を読み解くことで、「マッスルメモリー」という現象の正体に、科学的な視点から迫ることができます。
今回はこの研究をもとに、「一度鍛えた筋肉は、サボっても取り戻しやすいって本当?」というテーマを、分かりやすく解説していきます。

自己紹介
こんにちは! 某県の大規模病院で外科医として約20年の経験を持つ「医学論文ハンター・Dr.礼次郎」です。
海外の権威ある医学雑誌に掲載された論文を一編ずつ読み解いた、
でも、そんな悩みを吹き飛ばしてくれるかもしれない朗報があります。
生の「一次情報」をもとに、医学に詳しくない方にもわかりやすく解説しています。
日々、皆さんに信頼できる医療情報をお届けします!

今回読んだ論文
“Human skeletal muscle possesses an epigenetic memory of high-intensity interval training””
(ヒトの骨格筋は高強度インターバルトレーニング(HIIT)によるエピジェネティックな記憶を保持している)
Am J Physiol Cell Physiol. 2025 Jan 1;328(1):C258-C272.
PMID: 39570634 DOI: 10.1152/ajpcell.00423.2024
掲載雑誌:American Journal of Physiology – Cell Physiology(アメリカ生理学会誌・細胞生理学編) 【アメリカ】 2025年1月より
研究の対象者と背景
この研究はイタリア・パヴィア大学などの共同研究チームによって行われました。対象となったのは、トレーニング経験のない健康な男女20名(平均年齢25歳)です。

全員が運動習慣のない一般人で、HIITという高強度トレーニングを行った経験もありませんでした。研究の目的は、「HIITが筋肉に遺伝子レベルで記憶を残すかどうか」を探ることでした。
被験者は白人を主としたヨーロッパ若年層。日本人にそのまま当てはめるには注意が必要ですが、「記憶されうる」という筋肉の基本特性自体は、日本人にも参考になると考えられます。
研究の手法と分析の概要
被験者たちは、次のようなスケジュールで運動と測定を繰り返しました。
✅①最初の8週間:HIITトレーニング実施
✅②続けて3ヶ月間(12週間)の完全な運動中断(デトレーニング)
✅③再び同じ内容で8週間のHIIT(リトレーニング)
この間、研究チームは被験者の太ももから筋肉組織を採取(筋生検)し、DNAメチル化の状態と呼ばれる“遺伝子のON/OFF”の指標を測定。また、VO₂max(最大酸素摂取量)など運動能力も評価しました。
【補足】DNAメチル化とは?
DNAメチル化とは、遺伝子の働きを「ON/OFF」で切り替える、“スイッチの目印”のようなものです。
たとえば、遺伝子を「本」、その中に書かれている機能の指示を「レシピ」と考えてみましょう。
このとき、メチル化はそのレシピに貼られた「使用禁止」の付箋のようなものです。メチル化が多い=付箋がたくさん貼られている状態では、その本(遺伝子)全体は読み取られにくくなり、ほとんど働きません。逆に、メチル化が少ない=付箋がはがされている状態では、レシピが自由に読まれその本(遺伝子)全体が活発に使われるようになります。

そして──これが後に紹介する研究の結論にもつながるのですが──今回の研究では、運動によって筋肉に関わる多くの遺伝子でメチル化が減少し、つまりスイッチがONになって、「筋肉を動かすために重要な遺伝子」がより活性化されたことが示されました。その結果、筋肉がより効率よく働く状態に変化していたのです。
【補足】VO₂max(最大酸素摂取量)とは?
VO₂max(ブイオーツーマックス)とは、「運動中に体がどれだけ多くの酸素を取り込んで使えるか」を示す数値です。この数値が高いほど、体は酸素をうまく使える=持久力や心肺機能が高いことを意味します。
たとえば、マラソン選手やロードバイクの選手などはVO₂maxが高いことで知られています。逆に、この数値が低いと、少しの運動でもすぐ息切れしてしまいやすくなります。

【補足】HIIT(高強度インターバルトレーニング)とは?
HIIT(High-Intensity Interval Training)は、日本語で「高強度インターバルトレーニング」と呼ばれ、日本では「タバタ式トレーニング」という名称でも知られています。
これは、短時間の全力運動と軽い運動(または休憩)を交互に繰り返すトレーニング方法で、たとえば「20秒全力ダッシュ+40秒歩く」といったメニューを、4〜8セット程度行うのが一般的です。
1回の運動時間はわずか5〜10分程度でも、心拍数が一気に上がるため、脂肪燃焼・心肺機能の向上・筋力アップに非常に効果的とされています。
「短時間で高い効果が期待できる」という特長から、忙しい人にも人気の運動法です。
今回の研究でも、このHIITが筋肉にどのような影響を与えるかを調べるために用いられました。
ちなみに、私自身もよく取り入れているトレーニング法で、「短時間で全力を出し切る!」という、非常に効率の良い方法です。良い意味で、ほんの数分で“死ねます”(笑)。

研究結果
筋肉は“覚えていた”──エピジェネティックな変化が確認される
研究では、トレーニング直後に数千箇所でDNAのメチル化状態が変化し、その多くが“スイッチON”の方向(脱メチル化=メチル化の減少)になっていました。
そして注目すべきは、トレーニング終了後3ヶ月の「完全な運動中断期間」を経ても、その変化の多くが消えずに保持されていたという点です。
つまり、筋肉は「トレーニングされた経験」を遺伝子レベルで記憶していた(エピジェネティックに変化した)ということになります。
図で見る「筋肉の記憶」──Figure 3 の読み解き
一度運動してからサボっても、筋肉は“ちゃんと覚えていてくれる”。そんな夢のような現象を、遺伝子レベルで証明した図がこちらです!
この図は、筋肉の遺伝子が「高強度インターバルトレーニング(HIIT)」を受けたあと、どんな変化をしたのかを6つのパネルで表したもの。見た目はちょっと難しそうですが、中身はとてもシンプルです。
図A:運動後に遺伝子の“スイッチ”が変わる!

Just a moment...
青い棒は「働きやすくなった遺伝子(=スイッチON)」、黄色い棒は「働きにくくなった遺伝子(=スイッチOFF)」の数を表しています。
✅8週間のトレーニング後:多くの遺伝子がONに!
✅3ヶ月(12週間)サボってもその状態が続く
✅再トレで再び多くの遺伝子がONに!
👉トレーニング効果を、体が覚えてくれている証拠です。
図B:スイッチONの遺伝子が圧倒的多数!

青い部分=ON(脱メチル化)になった遺伝子の割合を示します。中断しても9割がON状態のまま!
👉 運動の“貯金”が利いてる、ということですね。
図C:ずっと変化し続けた“記憶遺伝子”の数

TRAINING/DETRAINING/RETRAININGのすべてで変化し続けた遺伝子が806個!
👉 一度変化した遺伝子スイッチの多くが「記憶」として筋肉に残っていたことを意味します。
図D:4つの“記憶パターン”に分類された遺伝子群

SOM(自己組織化マップ)という解析により、メチル化変化のパターンが4つに分類されました:
(縦軸はメチル化の程度を示しており、下に行くほど脱メチル化=遺伝子が活性化している状態を表しています)
✅Signature 1:ずっとスイッチONのまま(最も記憶らしいパターン)
✅Signature 2:一時的にOFFになるがすぐに再ON
✅Signature 3:再トレーニング時に再ONになる
✅Signature 4:逆にOFFになるもの(少数派)
👉 特に“Signature 1”は、初回トレーニングでONになったスイッチが3ヶ月後も保持されていたため、
本物の「筋肉の記憶遺伝子」として注目されています。
図E・F:代表的な記憶遺伝子たちの動き──パフォーマンスに直結する要素

実際に変化が見られた代表的な遺伝子がこちら:
✅ADAM19:筋繊維の成長や修復に関与
✅INPP5a:筋収縮に関連するカルシウム調整
✅SLC16A3:エネルギー代謝(乳酸輸送)に関与
✅CAPN2:筋構造の調整や維持に関与
これらは、いずれも筋肉の成長・代謝・回復・動作制御などに重要な役割を果たすとされており、「これらの遺伝子のスイッチが長期的にONになっていた=筋肉が“学習”していた」と解釈できます。
これらの遺伝子は、いずれも再トレーニング時に再びONになり、素早く筋肉が反応するベースになっていると考えられます。
このようにFigure 3全体を通して、「筋トレで刻まれた記憶」がどのように遺伝子に残り、再トレーニングにどう活かされるのかが視覚的に理解できます。
まさに「筋肉はサボっても覚えている」という科学的裏付けを与える図です。
【補足】エピジェネティックな変化とは?
「エピジェネティック(epigenetic)」とは、遺伝子そのものの設計図(DNA配列)には変化がないのに、その“使われ方”だけが変わる現象のことです。
わかりやすくたとえると、遺伝子を「レシピ本」に見立てた場合、エピジェネティックな変化は「どのレシピに付箋をつけるか」や「どのページを開きやすくするか」といった工夫にあたります。レシピ本の内容は同じでも、実際によく使うページが違えば、料理の結果も変わってきますよね。
こうした変化の代表的な例が「DNAメチル化」であり、今回の研究でもこのメカニズムが筋肉で確認されました。
つまり、運動という体験が「遺伝子のレシピ本」に付箋ではなく折り目やマーカーをつけるような変化を起こし、それがしばらく読まなくても残っている──そんな“筋肉の記憶”が、細胞レベルで存在するということなのです。

研究の結論:筋トレの「成果」は、目に見えなくても残っている
今回の研究から、以下のような興味深い事実が明らかになりました:
✅一度のトレーニングでも、筋肉は“覚えている”
✅高強度トレーニングによって、筋肉の遺伝子が「使われ方」を記憶する
✅たとえ中断しても、その記憶は残り、再トレーニング時により早く反応
✅見た目や体力に大きな違いが出なかったとしても、分子レベルでは変化が積み重なっている
【筆者の考察】日本人のわれわれがこの論文から学び活かせる教訓や注意点
今回の研究結果をふまえ、私たち一般の日本人にとっても役立つポイントを整理すると、次のような教訓が見えてきます:
✅中断を怖がらなくていい:忙しくて運動が続かなくても、身体は完全に忘れたわけではない。
✅短期集中でも意味がある:2ヶ月だけでもしっかり体に刻まれる。
✅再開の効果は想像以上に早い:再トレーニング時、以前よりも素早く身体が戻る可能性あり。
✅遺伝子の変化は見た目では分かりにくい:目に見える変化がなくても“内面”ではちゃんと成果がある。

まとめ
筋肉の「エピジェネティックな記憶」は、努力がムダにならないという何よりの証明です。
運動の成果は見た目だけではなく、体の深いところにちゃんと刻まれている。
途中でやめたとしても、また再開すれば大丈夫。身体は、あなたの頑張りをちゃんと覚えています。
「マッスルメモリー」は都市伝説では無く、科学的実証に基づいた説でした。
「やっても意味あるのかな…」と思ったとき、ぜひこの研究を思い出してくださいね。
締めのひとこと
“サボっても、筋肉はあなたを裏切らない”
あれ?どっかで聞いたことある記憶が・・・(笑)

以上、最後まで読んでいただきありがとうございました!
もし本記事が参考になったら、他の記事もぜひのぞいてみてください。
これからも皆さまの知的好奇心を満足させられる情報をお届けできるよう努力していきます。
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